2026.03.08

水戸黄門が手掛けた侍塚古墳

日本で文化財保護の先駆者といえば、江戸時代の水戸藩2代藩主 徳川光圀公。 時代劇で有名な水戸黄門様でございます。その水戸黄門様が日本で一番古い古碑「那須国造碑」を発見したことは以前のブログで紹介させていただきましたが、今回はその水戸黄門が発掘調査を実施した「侍塚古墳」(サムライヅカコフン)をご紹介いたします。

侍塚古墳は那須町の隣の隣にある大田原市の湯津上地区にある古墳で、下侍塚古墳上侍塚古墳の2つの古墳につけられた名前です。

上侍塚古墳は総長154m、墳長114m、下侍塚古墳は全長108m、墳長84m、国史跡に指定されています。

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江戸時代の元禄5(1692)年に水戸黄門様が家臣に命じ発掘調査をおこないました。その調査方法は現代の文化保護の思想と比べても遜色のないものと言われ、この一連の調査は現在の文化財保護の観点から「日本で最初の発掘調査」そして「日本考古学は発祥の地」と云われるゆえんになっています。

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画像は下侍塚古墳ですが、この下侍塚古墳は古墳時代研究の第一人者である 森浩一氏「日本で一番美しい古墳」として紹介しています。

古墳の周りは整備されていて、ぐるっと一周まわれて360°古墳を見ることができます。古墳が崩れないように松の樹が植えられていますが、これも黄門様のアイデアと云われています。

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下侍古墳の北側には侍塚古墳群が展開しています。以前は10基ほどあったそうですが、今は8基の古墳群があります。(よく見ないと畑と同化していて気づきません。危うく登ってバチがあたるところでした・・・)

機会がありましたらぜひ「日本一美しい古墳」といわれている墳丘を、目の前でご覧いただければと思います。

ポイントバケーション那須  田嶋



■侍塚古墳

栃木県大田原市湯津上670